「お客様から『バカ』『無能』と言われました。これはカスハラでしょうか?」
「こちらにもミスがある場合、厳しい言葉を言われても我慢しなければならないのでしょうか?」
「失礼な言い方と、カスハラに当たる暴言・侮辱は、どこで区別すればよいのでしょうか?」
カスタマーハラスメントの中でも、現場の従業員に大きな精神的負担を与えやすいのが、暴言、侮辱、人格否定、中傷などの「精神的な攻撃」です。
顧客から厳しい言葉を言われたからといって、そのすべてが直ちにカスタマーハラスメントになるわけではありません。
商品やサービスに問題があれば、顧客が不満を表明したり、厳しい口調で改善や説明を求めたりする場合があります。
一方で、
- 「バカ」「無能」「役立たず」などと人格を否定する
- 従業員の能力・容姿・年齢などを侮辱する
- 仕事上の問題を超えて個人そのものを攻撃する
- 他の顧客や従業員の前で繰り返し辱める
- 侮辱的な言葉を執拗に浴びせ続ける
といった言動については、社会通念上許容される範囲を超える可能性があります。
厚生労働省のカスタマーハラスメント防止指針でも、社会通念上許容される範囲を超える手段・態様の典型例として、「脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等」の精神的な攻撃が示されています。
では、「厳しい苦情」と「暴言・侮辱によるカスハラ」は、どのように区別すればよいのでしょうか。
この記事では、厚生労働省の指針等をもとに、暴言・侮辱はどこからカスハラになるのかを、具体例、判断ポイント、現場対応、管理職対応まで詳しく解説します。
結論|厳しい言葉=すべてカスハラではない
まず結論から確認しましょう。
顧客が厳しい言葉や強い口調で苦情を述べたという事実だけで、直ちにカスタマーハラスメントになるわけではありません。
一方で、商品・サービスに関する苦情や改善要求を超えて、従業員の人格を否定したり、侮辱・中傷したりする言動は、社会通念上許容される範囲を超える精神的な攻撃としてカスタマーハラスメントに該当する可能性があります。
つまり、
「何を言ったか」だけでなく、「何について、誰に対して、どのように言ったのか」を見る必要があります。
たとえば、
「この説明では分かりません。もう一度説明してください」
という申入れと、
「こんなことも分からないのか。お前は本当に無能だな」
という発言では、意味が大きく異なります。
前者は業務や説明内容に向けられていますが、後者は従業員個人の人格や能力そのものに向けられた攻撃になっています。
厚生労働省は暴言・侮辱をどう位置づけている?
厚生労働省のカスタマーハラスメント防止指針では、社会通念上許容される範囲を超える「手段や態様」の典型例として、
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 威圧的な言動
- 継続的・執拗な言動
- 拘束的な言動
などが示されています。
そして精神的な攻撃として、
脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等
が挙げられています。
さらに具体例として、「労働者の人格を否定するような言動」も示されています。
したがって、「苦情の内容が厳しいか」という点だけではなく、従業員個人への侮辱や人格攻撃になっていないかを見ることが重要です。
「苦情」と「人格攻撃」を分けて考える
暴言・侮辱を判断するときに、非常に重要な考え方があります。
それは、
「仕事・商品・サービスへの批判」と「従業員個人への人格攻撃」を分けて考える
ということです。
たとえば、
「この料理は注文したものと違います」
「この説明は分かりにくいです」
「予約した内容と違うので確認してください」
「この対応には納得できません」
といった言葉は、商品、サービス、説明、対応などについて問題を指摘しています。
これに対して、
「お前は頭が悪い」
「こんな仕事しかできないから、その程度の人間なんだ」
「役立たず」
などは、業務上の問題を超えて、従業員本人を攻撃しています。
この違いは、暴言・侮辱型カスハラを理解するうえで重要なポイントです。
カスハラになり得る暴言・侮辱の具体例
実際にはどのような言動が問題になり得るのでしょうか。
以下は、個別の事情によって判断が異なることを前提とした例です。
能力を否定する言動
- 「お前は無能だ」
- 「こんなことも分からないのか」
- 「頭が悪すぎる」
- 「仕事ができない人間だな」
人格そのものを否定する言動
- 「人間として終わっている」
- 「最低な人間だ」
- 「役立たず」
- 「お前みたいな人間は社会に必要ない」
従業員を辱める言動
- 他の顧客がいる前で繰り返し侮辱する
- 他の従業員の前で人格を否定する
- 侮辱的な呼び方を繰り返す
仕事と無関係な個人攻撃
- 容姿をからかう
- 年齢を侮辱する
- 学歴や経歴を馬鹿にする
- 家庭や私生活について侮辱する
重要なのは、単語だけを機械的にチェックするのではなく、その言動が行われた状況や態様、頻度・継続性、就業環境への影響などを総合的に確認することです。
直ちにカスハラとはいえないケース
反対に、「厳しい表現だった」という理由だけで、顧客の正当な申入れまでカスハラと判断しないことも重要です。
CASE 1|サービスの問題について厳しく指摘した
予約したサービスが提供されず、顧客が強い口調で、
「これは困ります。なぜこのようなことになったのか、責任者から説明してください」
と申し出た。
人格否定や脅迫などはなく、事実関係と今後の対応について説明を求めている。
このケースでは、口調だけでなく、要求内容、企業側の問題、言動の態様等を総合的に確認します。
CASE 2|従業員の不適切な対応について苦情を述べた
従業員の説明に実際の誤りがあり、顧客が、
「この対応は適切ではないと思います。きちんと確認してください」
と厳しい口調で伝えた。
正当な問題提起や改善要求まで、「言い方が厳しいから」という理由だけでカスハラと扱うことは適切ではありません。
人格否定はなぜ問題になるのか
クレーム対応では、本来、商品、サービス、契約、説明、接客など、業務上の問題を解決することが目的です。
ところが、
「商品が壊れている」
という問題から、
「だからお前は人間としてダメなんだ」
という言動へ移ると、問題の対象が商品から従業員個人へ変わります。
従業員は、顧客対応という業務を行っているのであって、個人として人格を攻撃されることまで業務として受忍しなければならないわけではありません。
企業も、
「接客業だから仕方がない」
という理由で、人格否定を当然のものとして従業員に我慢させる対応は避ける必要があります。
容姿・年齢・属性への侮辱は?
顧客からの言動が、商品やサービスとは関係なく、従業員の容姿、年齢、性別その他の個人的属性に向けられる場合もあります。
たとえば、
- 「そんな見た目だから仕事もできないんだ」
- 「若いくせに生意気だ」
- 「年寄りには無理だろ」
などです。
このような発言についても、商品・サービスに関する正当な申入れとは別に、侮辱や人格攻撃として、その態様や状況等を確認する必要があります。
特に、業務とは関係のない個人的な属性を繰り返し攻撃する場合は、従業員への精神的な影響にも十分な配慮が必要です。
一度の暴言でもカスハラになることはある?
あります。
カスハラについて、
「3回言われたら暴言になる」
「何回以上ならカスハラになる」
といった全国一律の回数基準が設けられているわけではありません。
厚生労働省は、就業環境が害されるかを判断する際、言動の頻度・継続性を考慮する一方、強い身体的または精神的苦痛を与える態様の言動の場合には、1回でも就業環境を害する場合があり得るとしています。
「一度しか言われていないから問題ない」と機械的に判断することは適切ではありません。
一回の言動であっても、その内容や態様が極めて深刻であれば、事案全体を確認する必要があります。
繰り返し・執拗な暴言はどう判断する?
一回だけではなく、同じ担当者に対して何度も侮辱的な言葉を繰り返すケースもあります。
たとえば、
- 説明するたびに「無能」と言う
- 電話をかけるたびに同じ担当者を侮辱する
- 謝罪後も長時間人格攻撃を続ける
- 別の日にも繰り返し同じ従業員を中傷する
といった状況です。
厚生労働省の指針では、言動の態様、頻度、継続性なども総合的な判断要素とされています。
したがって、言葉そのものだけでなく、「どれくらい続いているか」も重要です。
会社側にミスがあった場合は?
これは、暴言・侮辱の場面でも非常に重要です。
企業側に、
- 商品の不具合
- 予約ミス
- 説明不足
- 誤った案内
- 従業員の不適切な接客
などがあれば、顧客が強い不満を感じることには理由がある場合があります。
厚生労働省の指針でも、事業主または労働者側の不適切な対応が顧客等の言動の原因や背景となっている場合もあることに留意する必要があるとされています。
したがって、
「お客様が怒っているからカスハラだ」
ではなく、企業側に改善すべき点があれば、その部分については誠実に対応します。
しかし、
会社側にミスがあることと、従業員の人格を攻撃してよいことは別問題です。
企業側の問題には謝罪・説明・是正を行う。
一方、社会通念上許容される範囲を超えた侮辱や人格攻撃については、従業員を守るための対応を行う。
この二つを分けて考える必要があります。
暴言・侮辱を判断する7つのポイント
現場で判断に迷った場合には、次の7つの観点から整理すると分かりやすくなります。
- 何について苦情を述べているのか
- 発言が商品・サービスに向けられているか、従業員個人に向けられているか
- 侮辱・人格否定・中傷などが含まれているか
- どのような態様で発言されたか
- 何回、どの程度続いているか
- 言動に至った経緯や企業側の問題は何か
- 従業員の就業環境にどのような影響が生じているか
このうち一つだけを見るのではなく、事案全体を総合的に確認します。
具体例で考える「苦情」と「カスハラ」の境界
CASE 1|商品への強い不満を伝えた
顧客が、
「この商品は説明と違います。納得できないので確認してください」
と強い口調で申し出た。
→ 強い口調というだけで、直ちにカスハラとはいえません。
CASE 2|担当者の人格を否定する
顧客が担当者に対して、
「お前みたいな無能な人間が働いているから、この会社はダメなんだ」
と繰り返し発言した。
→ 業務上の苦情を超えた人格否定・侮辱として、言動全体を確認する必要があります。
CASE 3|会社側にミスがあるが侮辱を続ける
企業側が予約ミスを認め謝罪し、代替案を提示したが、顧客が、
「お前はバカか」「こんな簡単な仕事もできないのか」
などと担当者への侮辱を繰り返した。
→ 会社側のミスへの対応と、顧客の侮辱的な言動の相当性を分けて確認します。
CASE 4|他の客の前で長時間辱める
店舗内で多数の顧客が見ている中、担当者を名指ししながら人格否定を繰り返し、長時間責め続けた。
→ 発言内容に加えて、公衆の面前での態様、継続性、就業環境への影響なども考慮します。
従業員は暴言を受けたときどう対応する?
顧客から侮辱や人格否定を受けた場合でも、従業員本人がその場で「これはカスハラです」と法的な判断をする必要はありません。
まずは、
- 顧客の具体的な苦情・要求内容を確認する
- 会社側に問題があれば必要な説明を行う
- 侮辱・人格攻撃が続く場合は、その言動を控えるよう求める
- 一人で抱えず管理職へ報告する
- 必要に応じて責任者へ対応を交代する
- 安全または精神的負担の面から継続困難な場合はその場を離れる
といった対応が考えられます。
大切なのは、
「接客担当者なのだから、どんな言葉でも我慢するべきだ」という運用にしないこと
です。
管理職・責任者はどう対応する?
部下が顧客から暴言や侮辱を受けている場合、管理職には組織として対応する役割があります。
- 必要に応じて担当者から対応を引き継ぐ
- 従業員を一人で対応させない
- 顧客の苦情・要求内容を整理する
- 企業側の事実関係を確認する
- 問題となる具体的な言動を控えるよう伝える
- 同じ言動が続く場合の対応方針を判断する
- 事案の経緯・発言等を記録する
- 対応後に従業員の心身の状態を確認する
ことが重要です。
特に、被害を訴えた従業員に対して、
「接客なんだから、そのくらい我慢して」
「あなたの対応にも問題があったんじゃない?」
と最初から本人に責任を押し戻す対応は避け、まず事実関係と本人の状況を確認することが大切です。
現場で使える対応フレーズ例
暴言を受けた従業員がその場で適切な言葉を考えるのは容易ではありません。
企業では、あらかじめ基本的な対応フレーズを準備しておくとよいでしょう。
まず苦情の内容を確認する場合
「ご不満の内容は確認いたします。具体的に問題となった点をお聞かせください。」
人格を否定する言葉を控えてもらう場合
「ご意見については伺いますが、担当者個人への侮辱的な発言はお控えください。」
暴言が続いている場合
「お申し出の内容については対応いたしますが、そのような言葉が続く場合には、私一人での対応を継続することができません。」
責任者へ交代する場合
「ここからは責任者が対応いたします。少々お待ちください。」
対応を継続できない場合
「これ以上、侮辱的な言動が続く状態では対応を継続することができません。当社の方針に基づき、いったん対応を終了いたします。」
なお、これらは法律で定められた一律の文言ではありません。
企業ごとに、業種・業態、現場環境、顧客との関係等を踏まえて具体的な対応方法を定める必要があります。
企業が整備しておくべきルール
2026年10月1日から、事業主には職場におけるカスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上必要な措置を講じることが求められます。
暴言・侮辱についても、現場担当者の忍耐力に頼るのではなく、会社として対応基準を整えることが重要です。
たとえば、
- 暴言・侮辱があった場合の報告先
- どの段階で管理職へ交代するか
- 従業員を一人で対応させないケース
- 問題となる言動を控えるよう伝える担当者
- 録音等を行う場合の社内ルール
- 対応終了を判断する権限者
- 悪質な事案の法務・警察等への相談基準
- 事案の記録・情報共有方法
- 被害を受けた従業員への配慮・フォロー
などを整理しておくことが考えられます。
暴言に対する会社の基準がなければ、「この程度で上司を呼んでよいのか」と従業員が迷い、結果として一人で耐え続けることがあります。
「いつ、誰に、どうつなぐのか」を明確にしておくことが重要です。
よくある質問
Q. 「バカ」と一度言われただけでもカスハラですか?
一つの言葉だけを切り取って機械的に判断するものではありません。発言の状況、態様、経緯、就業環境への影響等を総合的に確認します。ただし、強い精神的苦痛を与える態様の言動は、一回でも就業環境を害する場合があります。
Q. 「仕事ができない」と言われたらカスハラですか?
具体的な業務上の問題を指摘しているのか、従業員そのものを侮辱・人格否定しているのかなど、前後の文脈や態様を含めて確認する必要があります。
Q. お客様が怒っているだけならカスハラではありませんか?
「怒っているかどうか」だけで決まるものではありません。要求内容、発言内容、手段や態様、経緯、頻度・継続性、就業環境への影響等を総合的に判断します。
Q. 会社側にミスがあったら暴言も我慢すべきですか?
いいえ。会社側に問題があれば必要な謝罪・説明・是正を行う必要がありますが、だからといって人格否定や侮辱等が当然に許容されるわけではありません。二つの問題を分けて整理します。
Q. 顧客が従業員の容姿を馬鹿にした場合は?
商品・サービスとは関係のない個人への侮辱として問題になる可能性があります。内容、態様、頻度、就業環境への影響等を確認します。
Q. 他のお客様の前で侮辱された場合は?
発言内容だけでなく、どのような場所・状況で行われたかも考慮します。他の顧客や従業員の前で繰り返し辱めるような態様は、従業員への精神的影響がより大きくなることがあります。
Q. 従業員が「傷ついた」と言えばカスハラになりますか?
本人の苦痛や状況は重要ですが、就業環境が害されたかについては、厚生労働省の指針上、「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断することが適当とされています。個別の事情を総合的に確認します。
Q. 暴言を受けたら、その場で「カスハラです」と顧客に伝えた方がよいですか?
必ずしも「カスハラ」という言葉を直ちに相手へ伝える必要はありません。まず問題となっている具体的な言動を示し、「侮辱的な言葉はお控えください」などと伝え、企業が定めた対応方針に沿って対応する方法もあります。
まとめ|苦情の内容ではなく「人格攻撃」に変わっていないかを見る
顧客が厳しい言葉を使ったからといって、そのすべてがカスタマーハラスメントになるわけではありません。
商品やサービスに問題があれば、顧客には苦情を伝え、説明や改善を求めることができます。
一方で、
- 人格を否定する
- 能力や個人的属性を侮辱する
- 仕事と関係なく個人を攻撃する
- 他人の前で辱める
- 侮辱的な言葉を執拗に繰り返す
といった言動は、社会通念上許容される範囲を超える精神的な攻撃として問題になる可能性があります。
「厳しい苦情だからカスハラ」ではない。
「お客様だから人格を攻撃しても許される」でもない。
正当な苦情には誠実に対応する。
会社側に問題があれば改善する。
しかし、従業員個人への侮辱や人格攻撃については、一人で我慢させない。
「顧客を敵にしない。従業員を一人にしない。」
企業としてこの基本姿勢を共有し、暴言・侮辱を受けたときに現場が迷わず組織へつなげられる仕組みを整えることが重要です。
参考資料
本記事は、厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」、厚生労働省「あかるい職場応援団」その他の厚生労働省公表資料をもとに、一般社団法人パワーハラスメント防止協会が実務上理解しやすいよう整理・解説することを想定して作成しています。
具体的な事案については、個別の事実関係、業種・業態、業務内容、発言の内容・態様・頻度・継続性、従業員の状況その他の事情によって判断が異なる場合があります。
