Column –
【パワハラ加害者・パワハラ行為者への対応方法の豆知識】
パワハラ被害者救済を最優先に 加害者への「話しかけ禁止」指示は必要か
人事・労務担当者向けに、パワハラ被害者の救済を優先する観点から、加害者に「自分から誰にも話しかけるな」という指示を出すことの是非を、制度的・実務的観点から深掘りします。

本稿は、職場における 改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)やその関連指針等を踏まえ、現場の人事・労務担当者が現実に直面し得る“加害者側に「誰にも話しかけるな」という指示を出す”という対応について、その必要性・リスク・代替アプローチを整理したものです。被害者救済を前提としながらも、組織としての公正性・手続きの適正性・企業としての義務も併せて捉え、判断と実務対応の指針を示します。
以下、まず目次を掲載します。
目次
- 第1章:そもそも「誰にも話しかけるな」指示」の背景と実務ニーズ
- 第2章:制度的・法的観点から見たこの指示の妥当性
- 第3章:この指示が持つリスクと被害者救済視点からの課題
- 第4章:人事・労務担当者が取るべき代替アプローチ
- 第5章:実務導入時のチェックリストと注意点
- FAQ:よくある疑問とその回答
- まとめ:主要学びと次アクション
- 参考・情報源
第1章:そもそも「誰にも話しかけるな」指示」の背景と実務ニーズ
職場でパワハラ(=職場において優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、就業環境が害されるもの)とされる事案が発生した際、被害者保護の観点から、加害者側に社内接触を控えさせるという対応を検討する企業が少なくありません。
この「誰にも話しかけるな(被害者、目撃者、関係者問わず)」という指示の背景には、例えば以下のような実務ニーズがあります:
- 被害者および関係者への再ハラスメント(二次被害)回避
- 証言・調査段階での“情報漏れ”“口裏合わせ”等の防止
- 職場での雰囲気悪化・分断化・情報流出による被害者心理の悪化の抑制
- リスクマネジメント観点:加害者側が被害者・組織に対して不利な行動をしないよう抑制したい
人事・労務担当者としては、こうした意図を理解しつつも、「この指示は本当に有効か」「制度的に適切か」「組織にとってどのようなリスクがあるか」をあらためて検討すべきです。
1.1 実務場面でこの指示が出される典型ケース
例えば、以下のような場面です:
- 被害者 A さんが上司 B による叱責・侮辱的言動を相談し、会社が調査を開始した。会社として再接触/影響を与える可能性を抑えるために、B に「A とは私的にも社内でも話をしないように」と指示。
- 部下 C が D (上司)に対してパワハラ申告を行い、第三者調査が入ることになったため、組織内の混乱防止目的で D に「申告者以外にも相談窓口とのやりとりについて話をしないでください」と説明。
背景として、被害者の心理的安全確保、証言を得るための整備、企業風土の維持などが挙げられています。
1.2 なぜ「話しかけるな」という言い方になるのか?
この指示が「話しかけるな」と表現される主な理由は、次の通りです:
- 関係者が加害者側から接触を受けると、被害者は「圧力を受けた」「黙らされた」と感じる可能性がある
- 加害者が被害者もしくは関係者に説明・弁明・反論を試みることで、被害者の証言・相談行動を萎縮させてしまうリスクがある
- 組織として調査・対応を行う際、「裏で話をする」「証言がばらばらになる」「公平性への疑念が出る」といった事態を防ぎたい
しかしながら、このような指示が必ずしも「唯一の最善策」と言えるわけではなく、人事・労務担当者としては、その有効性・法令適合性・現場影響まで冷静に検証する必要があります。
第2章:制度的・法的観点から見たこの指示の妥当性
この章では、パワハラに関する法律・指針・企業責任の観点から、「加害者側に“話しかけるな”を指示する」ことがどのように位置づけられるかを整理します。
2.1 パワハラ防止法・指針の枠組み
まず、パワハラ防止法では、事業主に対して次のような義務が課されています:
- 職場におけるパワーハラスメントの防止に関する措置を講じること。
- 労働者が相談したことを理由に不利益な取り扱いをしてはならないこと。
また、厚生労働省の指針では、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示・指導」はパワハラには該当しないとされています。
2.2 加害者側に“接触制限”の指示を出すことの法的観点
このような指示が法的にどのように捉えられるか、以下の観点から整理します。
| 観点 | ポイント |
|---|---|
| 被害者保護 | 加害者から被害者・関係者への接触を制限することで、再ハラスメントや心理的負担を軽減し得る。 |
| 手続きの公平性 | 接触制限が加害者にとって過度な抑制・不利益取扱いとなる場合、逆に「不当な扱い」として会社が責任を問われる可能性あり。 |
| 懲戒・制裁との違い | この指示が、懲戒的処分(例えば「停職」「隔離」)に近づくと、労働法上の手続き(就業規則・就業実態等)の検討が必要。 |
| 相談者保護義務 | 相談者(被害者)が適切に相談できる環境を整える義務がある(相談窓口の設置・周知等)。 |
つまり、加害者側に「誰とも話すな」という指示を出すことは、被害者保護という観点では合理性がありますが、会社・人事部門としては「接触制限が適切な範囲か」「就業規則や個別の労働契約・相談制度等と整合性があるか」「加害者にも説明可能な理由があるか」を慎重に検討する必要があります。
2.3 判例・実務動向からのヒント
実務記事では、被害者からの相談を受けた管理職・人事が対応を誤った結果、企業が使用者責任・安全配慮義務違反を問われるケースが指摘されています。たとえば、「相談を受けた人物が直接加害者と接触を図った」「被害者からの離脱が促された」などが問題とされてきています。
このような観点から、「被害者保護と加害者の公正な手続き確保」という二律背反をどう折り合いをつけるかが、今後ますます人事労務の現場で問われる課題です。
第3章:この指示が持つリスクと被害者救済視点からの課題
ここでは、「加害者に話しかけるな」という指示が抱えるリスク、および被害者救済の観点からの課題を整理します。
3.1 リスク①:言論・接触制限が“逆差別”・“過剰措置”と捉えられる可能性
加害者側が「被害者との接触を全面禁止」となると、以下のようなリスクが出てきます:
- 加害者が業務上、本来必要な同席・相談・情報共有を排除され、“職務遂行困難”と感じる可能性
- 加害者側が「説明機会を奪われた」として不満を抱え、会社に対して不当解雇・不利益取り扱いの訴えを起こす可能性
- 社内に“偏った処遇”という印象が広がると、信頼関係・モラル風土に悪影響を与える恐れあり
したがって、接触制限の指示を出すならば、「なぜ」「どの範囲で」「いつまで」の理由・根拠を明らかにし、説明可能な形で実施すべきです。
3.2 リスク②:被害者救済が十分でない実効性不在の指示に終わる弊害
被害者保護を目的にしても、以下のようなケースでは実効性に欠けます:
- 加害者には指示したが、被害者の心理的安全(例えば被害者が職場に戻る/関係者と話している)に対するケアが不十分
- 接触制限ばかりが焦点になって、被害者の相談・治療・配置転換・環境改善が後回しになる
- 指示そのものが曖昧・曖昧な運用(「できるだけ話しかけないで」等)で、加害者・関係者双方に混乱を生じさせる
被害者の救済という観点からは、「加害者への接触制限」はあくまで手段であり、目的ではありません。最優先すべきは被害者の「安全」「相談機会」「就業環境回復」です。
3.3 リスク③:調査・記録の観点からの手続き不備の可能性
調査フェーズにおいて、接触制限が適用されている加害者・被害者それぞれに対して、以下のような手続きが抜け落ちる可能性があります:
- 接触制限を出した理由・範囲・期間を明文化・記録していない
- 加害者・被害者双方に対して説明(言葉・方法・文書)を行っていない
- 指示解除・再接触予備条件・監視体制などフォローまで設定していない
人事・労務担当者としては、こうした手続き的な要件を怠ると「適正手続きが担保されていない」として後から指摘を受けるリスクがあります。
第4章:人事・労務担当者が取るべき代替アプローチ
「加害者に話しかけるな」という指示を安易に用いるのではなく、より構造的・制度的に被害者救済・職場改善を実現するアプローチをご紹介します。
4.1 被害者側のケアと相談体制の整備
被害者の救済を軸に置くなら、次の施策を優先するべきです:
- 〈相談窓口の設置・周知〉:企業には相談窓口設置義務があること。
- 〈被害者専用の相談フロー・外部相談先との連携〉:被害者が安心して相談・退避できる環境を確保
- 〈就業環境の一時的変更〉:被害者が加害者と同じ場に居続けることに心理的負荷がある場合、配置転換・部署移動などの選択肢検討
- 〈心理的ケア・カウンセリング〉:必要に応じて専門機関を案内、早期フォロー
4.2 加害者側への説明と管理・モニタリング体制
加害者側に対しても、指示のみで終わらせず以下のような体制を整えることが望ましいです:
- 〈説明(言語・文書)〉:この指示の目的、範囲、期間、解除条件を加害者に対して明確に説明
- 〈モニタリングとフォロー〉:加害者の行動を確認する体制(上司または人事が定期チェック)
- 〈再教育・研修〉:パワハラ防止研修、コミュニケーション再構築支援を実施
- 〈解除プロセス〉:指示期間終了後の条件、解除後のフォローをあらかじめ定めておく
4.3 組織文化・制度整備による根本対策
また、単発的な指示に頼らず、組織として次のような制度・文化を築くことで、パワハラの再発防止・被害者救済を強化できます:
- 〈就業規則・パワハラ防止規程への明記〉:パワハラ定義、相談窓口、調査・処分プロセスを明文化。
- 〈年次・定期的な実態調査〉:アンケート・ヒアリングを通じて “不安感” “相談しづらさ” をモニタリング。
- 〈研修・啓発〉:管理職・現場双方に対し、パワハラの判断基準・相談環境・自/他者対応を定期実施。
- 〈報告・分析制度〉:発生件数、相談件数、解決までの期間などをKPI化し、改善のためのフィードバックループを持つ
第5章:実務導入時のチェックリストと注意点
以下は、実際に「加害者に話しかけるな」という指示を含む対応を導入する際のチェックリストです。人事・労務担当者が確認しておきたい項目を整理しました。
5.1 チェックリスト
| 項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 指示の範囲・期間 | 誰に、いつから、どのくらいの期間、どのような「話しかけない」の対象(被害者・目撃者・第三者)か明記されているか。 |
| 説明内容 | 加害者に対して、なぜこの指示が出るのか説明がなされ、理解/同意の確認をしているか。 |
| 就業規則・制度との整合性 | この指示が懲戒的性格を持たないか、就業規則その他の制度との矛盾がないか確認。 |
| 被害者救済のフォロー | 被害者が相談・環境変更・心理ケアを受けているか、接触制限だけで終わっていないか。 |
| 記録・監視体制 | 指示・説明・同意・解除条件・モニタリング結果が記録されているか。 |
| 解除・再発防止措置 | 指示解除の条件・時期とその後のフォロー(研修・レビュー)を定めているか。 |
5.2 注意点・運用上のポイント
- 指示を出すだけでは不十分。被害者・加害者双方のフォローを“セット”で設計する。
- 指示内容があいまいだと、加害者・被害者双方に混乱や不信を生む。必ず「誰」「何を」「いつまで」「なぜ」を明確に。
- 加害者への指示が“孤立”や“差別的”と解釈されないよう、業務影響・対応手続きに配慮。
- 相談窓口・被害者ケア制度・研修等の制度整備が先行していないと、指示だけが“パフォーマンス化”してしまう。
- モニタリング・レビューを定期実施し、「この指示によって実際に被害者の安心が得られているか」「再発防止に繋がっているか」を評価すること。
FAQ:よくある疑問とその回答
Q1:被害者に話しかけられないということは、加害者が接触を一切できないという意味ですか?
A:必ずしも“接触ゼロ”を意味しません。業務上必要な連絡や安全管理上のやり取りがある場合、その範囲での接触は認められ得ます。重要なのは「なぜ、どのような範囲で話しかけてはいけないか」という説明が加害者・被害者双方にされているかどうかです。
Q2:この指示を出さなければ被害者救済にならないのでしょうか?
A:いいえ。接触制限はあくまで手段であり、被害者の相談環境整備、就業環境の改善、心理的ケア、再発防止体制の構築があって初めて救済といえます。「話しかけるな」という指示だけでは不十分です。
Q3:加害者がこの指示に従わなかった場合、どう対応すべきですか?
A:まず再度説明・確認を行い、記録を残すことが重要です。そのうえで、指示違反が業務命令違反・懲戒処分に該当し得るかを就業規則・個別状況と照らして検討します。処分を行う場合でも、手続き・説明・公平性に留意が必要です。
Q4:指示解除のタイミングはどのように判断すればよいですか?
A:被害者・加害者・職場環境の状況を総合的に見て判断します。例えば、被害者の相談・環境変更が完了し、被害者が「安心して業務に復帰できる」と判断できた段階がひとつの目安です。あらかじめ解除条件・レビュー時期を定めておくことが望ましいです。
Q5:中小企業でもこの対応は必要ですか?
A:はい。中小企業も「パワハラ防止法」による措置義務の対象です。規模にかかわらず、被害者の救済・組織の安全配慮義務は同じく問われます。
まとめ:主要学びと次アクション
本記事の主要な学びと、明日から実行できる次アクションを以下に整理します。
主要学び
- 「加害者に話しかけるな」という指示は、被害者の救済や再ハラスメント防止という目的において有効な手段であり得る。
- ただし、それだけでは被害者救済の十分条件ではなく、相談体制・環境整備・制度整備・フォローアップが不可欠である。
- 制度的・法的観点からも、加害者への接触制限を出す際には範囲・期間・説明・記録・解除プロセスが明確であることが求められる。
- 実務対応においては「被害者救済」「加害者対応の公平性」「組織としての再発防止」が三位一体となった設計が重要である。
次アクション(人事・労務担当者向け)
- 自社の就業規則・パワハラ防止規程を点検し、「接触制限」指示の根拠・手続きが明記されているか確認する。
- 最近の相談・事案を振り返り、加害者への“話しかけない”指示の適用実績・フォロー実態をレビューし、問題点を洗い出す。
- 被害者ケア体制(相談窓口・カウンセリング・環境変更等)および加害者管理体制(説明・モニタリング・研修)について、フローと関係書類を整備・更新する。
- “接触制限”を出す場合の「範囲・期間・解除条件・巡回フォロー」などを定めた社内チェックリストを作成し、対応担当者に周知する。
- 職場内における実態調査・アンケート(匿名)を活用し、接触制限指示の実効性・副次的影響(隔離感・孤立感)について定期的にモニタリングを行う。
参考・情報源
- 職場におけるパワー・ハラスメントの防止等に関する運用について(人事院) – https://www.jinji.go.jp/seisaku/kisoku/tsuuchi/10_nouritu/1032000_R2shokushoku141.html
- 職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になり …(厚生労働省) – https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf
- いま人事が押さえておくべき「ハラスメント」に関する法律とその …(日本の人事部) – https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/3336/
