Column –
【パワハラ加害者・パワハラ行為者への対応方法の豆知識】
パワハラ加害者が自覚しにくい理由─心理・組織・脳科学から構造を解説
なぜパワハラ加害者は自覚しにくいのかを、厚生労働省の定義や心理学・脳科学・組織行動論の知見をもとに解説。自己正当化や成果至上主義などの構造的要因を整理し、企業と管理職が取るべき具体的な予防・再発防止策まで網羅します。

「本人は悪気がないと言っている」「指導のつもりだったと主張している」──職場で起きるパワーハラスメント(以下、パワハラ)事案では、このような言葉が繰り返し聞かれます。なぜ、加害と受け取られる行為をしていても、当人は自覚しにくいのでしょうか。本記事では、公的機関の定義や心理学・脳科学・組織行動論の知見をもとに、パワハラが“自覚されにくい構造”を多角的に解説します。あわせて、企業が取り得る予防・是正策と、当事者が今すぐ実践できる行動も提示します。
パワハラの定義と判断枠組み
公的定義の三要素
厚生労働省は、職場のパワハラを次の三要素で整理しています。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
- 労働者の就業環境が害されること
この三要素は「意図」ではなく影響に着目する点が重要です。加害者の主観(悪意の有無)よりも、客観的な行為態様と結果が重視されます。
典型6類型と“グレー”の存在
代表的な類型には、身体的攻撃、精神的攻撃、人間関係からの切り離し、過大要求、過小要求、個の侵害があります。もっとも、実務では「指導との境界」が曖昧なケースも多く、状況・頻度・文脈を総合して判断されます。ここに自覚の難しさが生まれます。
「悪意がない」は免罪符にならない
法的・実務的評価は「結果」を基準に行われます。したがって「成果を出すためだった」「本人の成長を願っていた」という動機は、評価を左右する一要素に過ぎません。
自覚を妨げる心理メカニズム
自己奉仕バイアス(Self-serving bias)
人は成功を自分の能力に、失敗を外的要因に帰属しやすい傾向があります。強い成果志向を持つ管理職ほど「厳しさ=有効」と解釈しやすく、負の影響を外在化(部下の能力不足など)しがちです。
正当化と認知的不協和(Cognitive dissonance)
自分を「公正な上司」と認識している人ほど、攻撃的言動との矛盾を感じると不快になります。その不快を解消するために「必要な指導だった」と合理化することがあります。
道徳的免許(Moral licensing)
日頃の善行や高い業績が、無意識のうちに「多少の強い言動は許容される」という感覚を生むことがあります。これは意図的な悪意とは異なる、心理的な緩みです。
同調圧力と正常性バイアス
周囲が沈黙していると「問題ないのだろう」と解釈しやすくなります。組織文化が強いほど、逸脱の自覚はさらに困難になります。
脳科学から見る“無自覚”の背景
扁桃体の過活動と前頭前野の抑制低下
強いストレスや時間的圧力下では、情動処理に関わる扁桃体が優位になり、理性的判断を担う前頭前野の働きが低下することが報告されています。結果として、短絡的・攻撃的反応が出やすくなります。
慢性ストレスと認知の狭窄
慢性的な業務負荷は、視野を狭め「今すぐ成果を出す」一点に注意を集中させます。この認知の狭窄は、他者の感情への配慮を後景化させます。
“速い思考”の優位
行動経済学でいう「速い思考(直感)」が優位になると、熟慮よりも即断が増えます。優秀で処理速度が高い人ほど、説明を省略しやすい点も見逃せません。
組織構造が自覚を鈍らせる理由
評価制度と成果至上主義
短期成果のみを強調する評価制度は、プロセスの質(対話・育成)を軽視させます。成果が出ている間は問題が顕在化しにくく、自覚の機会が失われます。
情報の非対称性
上位者ほど、部下の心理的負荷や現場の実態に関する情報が届きにくくなります。フィードバック回路が弱いと、修正の契機が生まれません。
“沈黙の文化”
異論を言いづらい風土は、問題の早期発見を妨げます。第三者窓口や匿名通報制度の整備は、この構造的弱点を補完します。
| 構造要因 | 自覚が遅れる理由 | 補完策 |
|---|---|---|
| 成果偏重 | 結果が出ている間は問題化しない | プロセス評価の導入 |
| 情報非対称 | 負の影響が上位に届かない | 360度評価・面談の定期化 |
| 沈黙文化 | 異論が表出しない | 匿名窓口・外部相談 |
被害認識のギャップはなぜ生じるか
“強さ”の定義の違い
上司は「強い指導=期待の表れ」と捉え、部下は「尊厳の侵害」と感じることがあります。価値観の差が、同一行為への評価を分岐させます。
経験則の罠
「自分も厳しく育てられた」という経験は、再生産を正当化しやすい傾向があります。しかし、時代や職場環境は変化しています。
言語化不足
思考を言語化せずに指示すると、部下は意図を推測せざるを得ません。誤解が蓄積し、関係が悪化します。
予防と是正の具体策(企業・管理職向け)
二層処理トレーニング
訴えには「感情層」と「制度層」があります。まず感情を受け止め、その後に合理的説明を行う訓練は、防衛反応を下げます。
3秒リセット法
強い感情が湧いた瞬間に、深呼吸とラベリング(「怒りを感じている」)を行うことで、前頭前野の働きを回復させます。
外部専門家の活用
利害関係のない第三者が関与することで、内省が促進されます。個別カウンセリングや更生プログラムは、再発防止に有効です。
当事者が今すぐできる行動
- 直近1か月の指導場面を振り返り、感情の高ぶりがあった場面を書き出す
- 部下に「分かりにくかった点はあるか」と具体的に尋ねる
- 成果だけでなくプロセスを評価する言葉を増やす
- 月1回の自己内省時間を確保する
自覚は一度で完成しません。継続的な振り返りが鍵です。
FAQ
Q1. 厳しい指導はすべてパワハラですか?
A. 業務上必要かつ相当な範囲であれば該当しません。ただし、頻度・態様・影響を総合判断します。
Q2. 本人が悪意を否定している場合は?
A. 悪意の有無ではなく、客観的影響が基準です。
Q3. 自覚を促す最も有効な方法は?
A. 第三者のフィードバックと具体的事実の提示が有効です。
Q4. 再発防止は可能ですか?
A. 可能です。構造理解と行動変容支援が前提となります。
まとめ
- パワハラは「意図」よりも「影響」で評価される
- 心理的正当化と組織構造が自覚を遅らせる
- 脳科学的にも、ストレスは攻撃的反応を強める
- 二層処理と第三者関与が有効
まずは、直近の指導場面を1つ振り返ることから始めてください。それが再発防止の第一歩です。
参考・情報源
- 厚生労働省「職場におけるハラスメント対策」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html
- 厚生労働省「あかるい職場応援団」https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
- 内閣府「男女共同参画白書」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/
- American Psychological Association “Stress effects on the brain” https://www.apa.org/topics/stress
